陸地を覆う面積で、最も広く繁栄している植物群はイネ科でしょう。
空き地のエノコログサ(猫じゃらし)、シバ、カヤ、ススキの草原。
「草地」を構成している植物の多くがイネ科である事に加え、イネ、コムギ、トウモロコシという、穀物として人類が利用している面積は広大です。
白ご飯、パン、パスタ、うどん、トルティーヤなどのヒトの食料はもちろん、牛や馬など家畜の飼料でもあります。
つまり、イネ科の繁栄は、ヒトの繁栄の歴史でもあります。
森から出て草原を作ったイネ科の植物
ヒトが利用するようになる以前、そもそも草地を作ったのはイネ科でした。
恐竜の時代、白亜紀に被子植物が生まれ、それまでの温暖で降雨量にも恵まれた森林を出て、様々な環境に適応し、分布を広げていきますが、その最先端はイネ科です。
樹木から草へ、多年草から一年草へと小型化していく事により、乾燥や過湿、冷涼な条件でも生育できるように進化していったのがイネ科です。
成長点を低くするイネ科の戦略
小型化し、草食動物に食べられやすくなりましたが、イネ科の戦略としては、生長点を地面の近く、低い位置にする事で、食べられても再成長しやすいようになりました。
生長点を低くする事で、茎の上部は単純で細長い構造になり、上に伸びる(高く)には不利になりましたが「分げつ」という、株分かれする事で「横」に大きくなる事を選択します(田植えでは、苗を3~7本植えて、30~40本にまで増えます)。
消化されにくい(食べられにくい)イネ科の工夫
また、草食動物に食べられやすい大きさ(小ささ)になったとは言え、葉を鋭利にしたり、ケイ素を土壌から取り込んで全体を丈夫にして消化されにくくしたり、食べられにくい工夫をしています。
マンモスが絶滅した原因として、イネ科の草原が広がり、それまでの餌であった植物(広葉草本)が減った事も一因だとも言われています。
反対に、牛は消化器官を発達させて、生き残っています。
悪条件でも生育できる形質がヒトにとっても有益に
そして、栄養が少ない土地でも成長できるようイネ科の植物は種子にデンプン(炭水化物)を多く含んでいます。
発芽と初期成長が、この形質によって助けられます。
1つの種子が1000倍もの量の籾に増える繁殖力と、70%ものデンプン質を含み、長期保存できる種子。
こうした形質に気づいた人類が利用する事によって、イネ科はさらに分布を広げる事になります。
イネの起源地ではインダス文明、ムギ類の起源地ではエジプト文明やメソポタミア文明が生まれ、やがて日本では縄文時代から弥生時代へと移行していきます。
その後の人類の発展は周知の通りですが、20世紀以降の急激な変化は、イネ科にとっても、人類にとっても大きなものです。
食用とするイネ科の中でも、ヒエやアワ、キビなど様々な種がある中で、競争の条件は複雑化しています。
収穫効率、栄養価などはもちろん、かつて、それぞれの土地の環境に適合する事が生存競争だったのが、ヒトの農産物としての競争相手は、米に対しての小麦であったり、世界各地の食文化や政治や経済も影響します。
被子植物でありながら受粉は風任せで地味なイネの花
普通に考えれば、イネ科は目立つ花も咲かせないし(イネもコムギも風媒花です)、虫や動物を利用する事は想定していなかったはずです。
そしてまた、普通に考えれば、イネもコムギも、食べるには手間がかかり、面倒です。
クリやバナナのように、すぐには食べられません。
そんなイネやコムギをヒトが利用してきたのは、様々な道具やルール、社会を発明してきたからこそです。
条件の悪い環境や、イネ科が僕たちの能力を伸ばしてきた、とも言えます。
稲穂に覚える安心感
本能とは離れたところでの判断や選択。
社会の中で生きていくストレス。
イネ科の栽培から始まった現代社会の僕たちの苦しみは、強さの証しでもあります。
課題を乗り越える為には、僕たちならではの好奇心と理性、そして植物や自然を愛でる視点もポイントになるだろうし、これまでのイネ科のように、植物がまた新たな考えや方法を引き出してくれるのかも知れません。
稲穂はもちろん、エノコログサやコバンソウ、ススキの穂にも、僕たちは安心感を覚えます。
数千年に及ぶ、祖先の営みの記憶。
美味しい白米とは、場所と時代を越えた種子の旅、その成果でもあるんですよね。
植物名 | イネ |
漢字名 | 稲 |
別名 | 伊禰 |
学名 | Oryza sativa |
英名 | Rice plant |
科名・属名 | イネ科イネ属 |
原産地 | 中国南部周辺 |
花期 | 8~9月 |
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