痩せた土地で咲くソバの花

ソバの花

信州では、どこで蕎麦を食べても外れがありません。ふらりと立ち寄った蕎麦屋でも、駅そばであっても美味しい蕎麦に出会えます。この「美味しい蕎麦」とは何でしょうか。蕎麦の美味しさの違いはどこから来るのでしょうか。
十割蕎麦や二八蕎麦、つなぎや水といった要素はここでは置いておいて、蕎麦粉=ソバの実について書きたいと思います。

信州の蕎麦

信州では、どこで蕎麦を食べても美味しいですが、その理由の一つがソバという植物が好む土地の環境です。ちなみにこちらの蕎麦は木曽福島の名店「くるまや」。

蕎麦の味の元はタンパク質

成分として見ると、香りが高く風味が強い蕎麦と言うのは、タンパク質を多く含んでいます。ソバの実の殻の中には胚乳があり、デンプンが主体です。タンパク質が多く含まれるのは種皮と、中にある子葉(発芽する為の葉)の部分です。つまり、胚乳の割合が低い=種皮と子葉の割合が高いのが、香り高く強い風味の蕎麦粉なのです。
過程としては、低温・低日射によってデンプンが蓄積不良になり、相対的にタンパク質の含量が高まっているというのが信州の蕎麦です。こうした特徴は、ソバという植物の成り立ちに起因しています。

ソバの芽吹き

ソバの芽吹き。種をまいて4日目です。成長の早さに驚かされます。

ソバの起源地は中国「蜀」の国

ソバの起源地は三国志の「魏・呉・蜀」の蜀の辺り(現在の中国・四川省及び雲南省)とされます。「蜀犬日に吠ゆ」ということわざがあり、蜀の地方は標高が高く雲が多くて日照時間が短いので、犬は太陽を見ると(珍しくて)吠えるという意味です(無知な為、当たり前の事を疑うたとえ)。ソバはそのような環境の植物の為、他の穀物に比べて日光を必要とせず、寒冷地でも育ちます。「蕎麦75日」とも言われ、種をまいてから75日程度で収穫できるという成長の早さも特徴の一つです。

一面に広がるソバ畑

一面に広がるソバ畑。山間部ならではの光景です。

世界中の痩せた土地に伝わったソバ

こうしたソバの特徴は、救荒作物として、そして米や小麦が育たない寒冷で痩せた土地の人々にとって好都合でした。フランス・ブルターニュや、イタリア・ロンバルディア等、蜀から世界中に伝わり、痩せた土地の人々の貴重なタンパク源となりました。
日本では縄文時代、約9000年前には既に栽培されていた事がわかっています。対馬のソバには伝来当時の原種に近い形質が残っているそうで、大陸から朝鮮半島を経て伝わったであろうソバの道の名残ですね。その後、一般的に広まるのは江戸時代です。水車による蕎麦粉の大量生産、小麦粉をつなぎに使う麺の製造方法が普及し、そば切り(麺の蕎麦)が流行します。
松尾芭蕉の有名な句があります。

「そばはまだ花でもてなす山路かな」

この時の「そば」が出回り始めたばかりの「そば切り」なのか、それとも「そばがき」なのか、いずれにせよ、自然豊かな山路の風や空、香りまでも感じさせてくれます。

ソバの花

高さは1m近くになり、総状花序の白い花を咲かせます。

ソバしか育たない土地の生活

僕は昨年、人生で初めてソバまき(種まき)を体験しました。
「6月に霜が降りて、全てのソバまきをやり直した」「台風で収穫できない場合もある」。
教えてくれたおじさんの話しを聞きながら、厳しい環境で生き抜いてきた人達の苦労を想像せざるを得ませんでした。
ブルターニュの人々は自分達の事を誇りをもって「ブルトン人」と呼びます。僕のフランス人の友人は大人になってから、自分のルーツであるブルトン語を学んでいます。
受け継がれてきた土地と、言語や音楽、食。歴史的な背景の違いはあれど、それぞれの土地で、ソバという植物と共にあった人々の物語があります。

ジャン=フランソワ・ミレー『種まく人』

ジャン=フランソワ・ミレーの代表作の一つ『種まく人』。まいている種はソバと言われています。

グルメとしての蕎麦、苦境にあえぐ山村

ソバまきの40日後、一面の花を前に、僕は夢中でシャッターを押していました。この白い花を見て、皆ひとまずの安堵感を覚えてきたでしょうか。
現在では、ソバは米や小麦の代用品ではなく、むしろこだわりの食用植物の一つでしょう。蕎麦打ちを趣味とする人がたくさんいて、地方であっても評判の良い蕎麦屋には客が絶えません。ガレットの店は日本でも普通にあります。
豊かな時代に生まれてきた事への感謝と、同時に想う事があります。
日本の山村の多くは今、苦境にあえいでいます。過疎と高齢化によって地区消滅(廃村)も各地で起きてくるでしょう。こうした状況で、まずは当事者である山村の人々(僕も含めて)がやるべき事は多いと思っています。

岩波書店のシンボルマーク

岩波書店のシンボルマークは『種まく人』。創業者の岩波茂雄は長野県、諏訪出身です。

美味しいソバとは

岩波書店「岩波現代文庫の発足に際して」にこんな一文があります。

いまや、次々に生起する大小の悲喜劇に対してわれわれは傍観者であることは許されない。一人ひとりが生活と思想を再構築すべき時である。
※「岩波現代文庫の発足に際して」から一部抜粋(2000年1月、21世紀を目前に書かれた奥付の文章)

芭蕉やミレーの作品が現代にも残り、僕たちの心に響くのは、彼らの特別な知識や技能はもちろん、それぞれの生活への見方や然るべき姿勢があってこそであり、それらは誰もが持つべき獲得可能な資源です。岩波茂雄の言う「真理」や「芸術」は、山村にこそ溢れていると僕は思うのです。
美味しいソバとは、痩せた土地のアイデンティティの一つでもあるのです。

植物名 ソバ
漢字名 蕎麦
別名  ソバムギ(蕎麦麦)
学名 Fagopyrum esculentum
英名 Buckwheat
科名・属名 タデ科ソバ属
原産地 中国南部
花期 夏~秋
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ABOUTこの記事をかいた人

神戸出身、2016年から信州在住。植物のある生活、自然の中での生活について、このサイト(サンブーカ)で記事を作っています。食や自転車、インテリアなど“イタリア的な山暮らし”の楽しさもテーマにしています。2019年~イタリア・トリノの自転車ブランド・3Tアンバサダー。